花房尾根〜金糞岳  
495M
        
登山口10:22〜
本丸址11:30−10
山王丸址(昼食)12:00ー22
六坊12:28〜
清水谷からの道と合流12:31〜
大獄城跡
(小谷山)12:53〜55
福寿丸址13:18〜山崎丸13:31
林道15:42〜
清水谷13:52〜
駐車場14:00
2015年 7月 4日(土)
                        
 
 曇り後雨
久しぶりに、福井県側から、夜叉ヶ池へ行き、ニッコウキスゲでも見ようか、と思っていた。天気は、曇りと踏んでいた。
気合を入れて、早起きしたのに、北陸自動車上で、空が真っ暗になる。ついに雨も降りだすが、とりあえず、今庄まで車を走らせるが、本降り状態なので諦める。
そこで、思いだしたのが、小谷城址である。365号を木ノ本まで南下する。林道でも歩くのかなあ、と思いながら、全くの情報がないまま、山へ向うと、幸いにも、登山道がある。急いで、登山靴に履き替え、リュックを背負う。
それでも、のんびりと史跡をめぐりながら散策して、砦の端に着くと、最高峰の小谷山まで道はあり、周回できそうである。
なんとか、軽く歩く事ができたので、良かった。雨もここではパラパラ程度で、下山後に本降りとなった。
梅雨なので、しかたがないが、とにかく歩く事が出来てよかった。
駐車場に着くと、早速おちゃらけ!!〜
林道歩きでなくて良かった〜。登山道がある。
字の如く、出っ張った砦?
一度、来た道を戻る。中央に見える山が、小谷山かな?いや、その左側奥の山だった。
一旦車道に出るが、すぐ山道へ〜。
Kは、気合が入らないのか、ダルイ〜を、連発する。
キノコを手に、ニンマリ〜。金吾丸跡へ、一旦登り、下降する。
再び車道へ出る。どうやらマイクロバスの終点に出た模様だ。
観光の方々は、ここから歩くらしい。
かっての、要塞の跡の詳細図が記されている。
御茶屋跡に残る馬洗いの池。井戸の跡を探したが、不明。
おどろしや〜〜、首塚の跡があり、さらし首の場所だとある。
本丸への入り口になる黒金門跡の、階段を登ると、大広間へ出る。
大広間の先の、石垣の上が本丸跡。
本丸跡の石垣の脇には、大堀切りがある。織田軍は、ここから攻めあがったらしい。
少しづつ、上へ、上へと砦が続く。
山王丸跡の手前に、立派な石垣の跡が残る。こんな石垣は、想像外だったので、驚いた。
清水谷を挟んで、右側の尾根の最高地点に、山王丸跡がある。
山王丸跡への入口も、今は崩れているが、立派な石垣があったと、思われる。
 
山王丸跡から、すぐに左側の尾根に、向おうとするKを引き止めて、ここで、昼食だあ〜〜とわめく!お腹空いたやんか。
山王丸跡を、下り始めると、清水谷の奥に、小谷山が見えてくる。スラブ状?の岩壁が見えている。
史跡はまだまだ続き、六坊へ出る。全国のお寺の出張所のような所だったらしい。
こんな建物まであったとは、、。
岩尾は、先ほどの岩場の上にあたる場所である。
砦のあった、左右の尾根のあいだにある清水谷からの登山道との分岐点。ここから、しばらく登りである。
大獄城跡へ〜。ここが小谷山らしい。
下降の途中にも、史跡がある。
やがて、林道に出て清水谷の下流に至る。
ここからは、尾根裾をくるりと回れば、駐車場はすぐそこだった。
機会があれば、一度は登りたかった、小谷山だった。何年か前に、山裾までドライブした記憶があるが、
その頃は、何の施設もなく、小高い山があるというだけの、ひっそりしたものだった。
近年の歴史大河ドラマの影響か、歴史史跡めぐりの観光拠点の一つとなっている。
山全体が山城の砦であり、単に、城跡が、広場として残っているだけだと、思っていたが、
意に反して、思いの他広大な史跡に、当時を偲びながら歩くのは、楽しかった。
曇り空の下、雨を気にしながらだったが、何とか歩けて良かった。